勉強とは

投稿日: カテゴリー: 社長ブログ

最近、キャスティングの仕事を多くいただけるようになり、芸能界の流れをいち早くキャッチするためにも、意識的にテレビを見るようにしています。

今日はたまたまテレビで見ていたドラマの中でとても興味深いセリフがあったので、それについて私の考えをお話できればと思います。

 

ドラマの中で教師の方が、「先生、なんで勉強しなきゃいけないの?勉強は将来なんの約に立つの?」と、生徒に質問されていました。

 

良い質問ですね。素晴らしいと思います。

 

この質問をされてちゃんと答えることができる大人はどのくらいいるのでしょうか?
そしてきっとこれに正しい答えなどなく、人それぞれ違う答えがあるのではないかと思います。

 

私があの先生の立場だったら生徒になんて答えるか考えてみました。

 

私も学生時代を振り返ってみて、あの時勉強したことをが全て役に立っているか?
と聞かれたら答えはNOです。

 

むしろ、私自身その当時は、そのドラマの生徒と同じで「将来役に立たないのでは?」と思っていましたから。

 

ですので、勉強の内容が役にたったかどうかというよりも、「勉強を頑張った。という経験が将来、過去を振り返った時につながる」というのが私の中の答えです。

 

なぜそのような答えに行き着いたか私自身の経験をお話すると、私は中学、高校と部活動をやっていました。バスケットボール部でした。
バスケットボールこそまさに将来なんの役に立つのか?
将来プロバスケットボール選手にでもならない限りやってる意味などないのではないか?
そう思ったときもありました。
でもその時の私には何度考えても答えは見つからず、わからないままでした。

 

でも、社会人になった時初めて繋がったのです。
サラリーマンの時、困難にぶつかった時、よく思いだしたのが、中学生、高校生の時の部活動の経験でした。

 

「まだ当時16歳、17歳だった高校生の自分が毎日あれだけ頑張ってたんだ。あの時の自分にできて、今の自分にできないはずがない。」
と思って勇気付けられていたのです。

 

まさか学生時代の自分に大人になった自分が励まされ、部活動の経験が、大人になった今、繋がるなんて想像もしませんでした。

 

部活動のバスケットボールと、社会人の仕事など、業界が違うどころか、完全に畑違いです。
でも、たしかに繋がったのです。

 

皆さんの期待を裏切るような答えで申し訳ないのですが、残念ながら私は学生の時、学校の勉強を全くといっていいほどやらなかった。

 

じゃあなにもしてなかったのか?

 

いいえ。

 

バスケットボールを、部活動を、誰よりも頑張ったという自負があります。

 

皆が勉強している時も、受験に追われている時も、授業中も、家に帰ってからも、常にバスケットボールのことを考えていました。

 

そんな過去の経験が、自信となり、今につながっているのです。

 

私の場合は一生懸命頑張ったということが、「受験勉強」ではなく、「スポーツ」だったというだけの違いであり、それが受験勉強であろうと部活動であろうと同じであると思っています。

 

これからの日本を背負う子供たちにおじさんの私から伝えたい言葉としては、何か1つでもいい。
何か1つでもいいから、自信を持って自分は、「これを頑張った!」といえるものを見つけてほしい。
夢中になれるものを見つけてほしい。

 

それが受験勉強でもいい。部活動でもいい。ボランティアでもいい。生徒会でもいい。
その頑張ったという経験が、将来過去を振り返ったときに、生きる力になってくれる。

 

頑張ったという経験が、自信や原動力に繋がるのだと思います。

 

勉強はあくまで手段でしかないのです。ゴールではないのです。
勉強が役に立つかどうかとか、偏差値が高い低いとかよりも、過去何も「頑張った」と自信を持って言える経験をしていないことこそが最も怖いことなのかもしれません。

 

そして、ちなみにもう1つ。
学生時代、私は勉強はしてこなかったと言いましたが、少し語弊がありました。
正確には「学校のテストで良い点数を取るための勉強」はしてこなかっただけで、
「目的を叶えるために必要だと思った勉強」は恐らくクラスの誰よりも勉強していたと思います。
この勉強に関しては、学校の勉強と違い、スキルに直接繋がる勉強なので、「頑張ったという経験+直接スキルに繋がる」という2つを手に入れることができます。

 

中学生の時、数多くのバスケットボールの参考書を買って、読み漁り勉強しました。
そしたら、健康管理が大事なことがわかって、食事の勉強もしました。
それ以外にも、筋肉の勉強、走り方の勉強までバスケットボールに関わることをたくさん勉強しました。
親に自分の試合をビデオで撮ってもらい、それを何度も何度も観て研究しました。
これは全て「今よりもっと上手くなりたい」という強い想いからであって、先生に言われたわけでも、親に言われたわけでもなく、全て自らが望んで勉強しました。
大学の時は、工学部にも関わらず、イベントを開催するためにイベント企画運営の勉強や、集客、ブランディング、マーケティングの勉強を徹底的にやり、そして代表だったこともあり、マネジメントやリーダーシップの勉強もしました。
これも誰かに頼まれたわけでもなく、先生に言われたわけでも、親に言われたわけでもなく、全て自らが望んで勉強しました。

 

社会人になってからは、経営の勉強、営業の勉強、広告の勉強、インターネット通販の勉強、マネジメント、簿記などなど。
これも別に上司に言われたわけでもなく、自ら必要だと思ったことを、誰かに頼まれたわけでもなく、自発的に勉強しました。

 

今も夢を叶えるにはまだまだわからないことがたくさんありすぎて、常に勉強し続けています。
これは全て目的を叶えるための「手段」であり、夢を叶えるためにはあれもこれも必要で、だからその手段として気づいたら勉強をしていた。
という流れです。

 

これが本来あるべき「勉強」の本質なのかもしれません。

 

私ごときが偉そうなことを言える立場ではないのですが、勉強とは何も受験やテストのための勉強だけではないのです。
本来、大人になってからもずっと勉強は続くはずなのです。
でも大半が大学受験を境に学ぶことをしなくなるそうです。
勉強=テストに出る勉強という常識そのものを見直してみるのもいいかもしれません。